0031

菊池契月

(きくちけいげつ)

明治12年(一八七九)〜昭和30年(一九五五)長野県中野に生れ、京都で没。本名は完爾。旧姓は細野。

明治30年菊池芳文の塾に学んだ。師菊池芳文の嗣子となり、明治40年第1回文展以来出品、受賞を重ね、審査員をつとめた。大正14年帝国美術院会員。昭和9年帝室技芸員、京都市立絵画専門学校校長。四条派にやまと絵、唐画の手法をとり入れて清澄、典雅な歴史画や人物画を描いた。代表作は「立女」「涅歯」。